ふらりと村に現れ、その男はぼろぼろに壊れた廃寺に住み着いた。 |
もう随分と、遠くまで来てしまった。 |
昼はにぎやかに遊んでいるが、夕刻を過ぎればひとりでぼんやり座っている。 |
庭に、その虫がいることに気付いたのは秋の朝早くだった。 |
畑でとれた野菜やら、ひそかにかくしてあった酒やら。 |
おんながはこんでくる野菜は形は悪いが、ひどく美味い。 |
恋を知れば、勘はするどい。 |
冬が近付いていた。 呼んでしまった、その名。 もうずっと、心に封じ込めたその呼び名。 堰を切ったようにあふれ出す感情を、男は堪え切れなかった。 鳴いてくれ。 聞かせてくれ。 たったひとこと、あなたの声を――――。 ころ……。 手のひらに乗せたこおろぎが、苦しげに羽を震わせて鳴く。 生きよ。 あの凛とした声に、そう命じられているような気がした。
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いつものように野菜と酒を運んできたおんなは、男が腹を斬って死んでいるのを見つけた。 |
8月に関ヶ原・佐和山に旅行に行った折、思いついた話です。
本当なら10月末の関ヶ原の戦いの日に更新したかったんですが、原稿だったので断念。
代わりに、というと変ですが、殿の命日を狙ってみました。
あまりにも感情垂れ流しなのでいかがなものか、と我ながら思いはしたんですが
どうしても! 書きたかったので……つい。